天秤の杞憂 後編 別ver

実は先日・・・大変嬉しいお申し出を頂きました。


唐紅 -karakurenai-の焔さんから、拙宅の蓮誕SS「天秤の杞憂 前編」の続き妄想を頂いてしまいました・・・!!!


大好きな焔さんから、なんということでしょう!
感涙で枕を濡らしそうです!
嬉しすぎてしばらく顔がニヤついたままでした。
焔さん、ありがとうございまーーーす!!

えっと、これは前編をお読みいただけたら分かるのですが・・・蓮が「他の子を好きになったら・・・」という台詞を吐いてしまう部分があり、そこから派生して頂けたものになります。
なのでタイトルとしても「後編 別ver」としました。


「もしキョーコが蓮と社さんの会話を最後まで聞かずに勘違いしてしまったら?」
という話です。
もう・・・キョーコが可愛すぎてどうしよう!

私がごちゃごちゃ言うよりも読んでいただいた方が焔さんの素晴らしさが分かるかと思いますが
もし「天秤の杞憂」をご存知ない方は前編の方を一読くださいませ。

ご感想は是非焔さんへ!

ではでは、どうぞ。







「遅い時間にご迷惑だとは思うのですが、少しでも良いのでお会いできませんか・・・?」

携帯から聞こえる彼女の声に、耳を疑った。

長い片思いが実を結び、最上さんと付き合い始めて一ヶ月が経つ。けれど、恋人という関係になってからも電話をするのは俺ばかりで、ましてや会いたいなどと可愛らしいお願いをされたのは当然の事ながらこれが初めてだった。

もしかして、昼間に事務所で会えなかった事を寂しいと思ってくれたのだろうか。・・・俺と同じように。

例えほんの僅かな時間でも話がしたい、一目で良いから姿が見たい―――会いたいと願ってしまう、この気持ちが彼女にもあるというのなら、これほど嬉しい事はない。

自然に緩む口元を、訪ねて来てくれた愛しい人に見られないように引き締めて、リビングへと足を進める。湯気の立つコーヒーを最上さんの前に置くと、「ありがとうございます」といつもながらの丁寧な礼が返ってきた。

「お疲れのところを、図々しくも伺ってしまってすみません。でも、どうしても敦賀さんとお話をしたかったんです」

おずおずと切り出された言葉に、鼓動が一つ大きく鳴り響いた。こんな風に最上さんが、自分の気持ちを伝えてくれた事はなかったから。

「俺も君に会いたかった。だから来てくれて嬉しいよ」

上擦りそうな声を何とか抑えると、口から出たのはまるで台本を棒読みするような平坦な音。演技をする事を生業としていながら、自分の感情を隠す事もできないとは。

だが・・・これは俳優としての技量が足りないのではなく、彼女への想いが強すぎるから抑制できないのだと・・・負け惜しみでなく、自然にそう解釈をした。

何気ない一言や、さり気ない仕草一つ。それだけで簡単に、この少女は俺の心を揺さぶるのだから。

特別で、大切で、唯一無二の宝物・・・その彼女がふと表情を曇らせて、下へと視線を移した。

「最上さん、どうかした・・・?」

声をかけると、テーブルの向こうの少女はピクリと肩を震わせた。

「最上さん?」

今時珍しいぐらいに真面目な子だから、夜遅くに俺の所へ訪れた事を気にしているのだろうか。いつまで経っても遠慮が先に立つ、慎ましやか過ぎる恋人に若干の寂しさを感じる。昼間、社さんに話した『距離』。その存在を改めて思い知らされるようで。

どれだけ時が過ぎれば、近づけるのか。彼女がてらいなく、俺に甘えてくれる日は来るのだろうか。

そう思う一方で、こうして彼女がここにいる事こそが進歩なのだと、確実に二人の距離は縮まっているのだと・・・状況を客観的に判断しようと努め、焦る心を諌めようとする自分もいた。

テーブルに置いたコーヒーカップへ手を伸ばし、一口喉を潤して気持ちを整える。

「何か、俺に話があるんだろう? どんな用かな」

まずは彼女の用件を聞くのが先決だと思い、訊ねると、彼女はつと顔を上げた。その瞳にあるのは、何かの意志を宿した強い光。

「敦賀さん、実は私・・・今日、待ち合わせの場所に行ったんです」
「待ち合わせって、あの休憩ルーム?」
「はい。社さんとお話されているのを聞いて、出るに出れなくなってしまいまして・・・盗み聞きのようなマネをして、申し訳ありません」

社さんとの話を聞いたって・・・

その会話の内容を思い出し、サーッと血の気が引く。

最上さんに想って貰えている自信がないと、そんな泣き言をつらつらとこぼす情けない姿を見られていた!?

「も、最上さん、あれは・・・そのっ・・・」

らしくもなく、動揺して言葉に詰まった。余りにも恥ずかしくて、どう取り繕ったものか対処ができない。

・・・取り繕う・・・?

ふと、テンパっていた思考が止まる。

そんな誤魔化しをして、俺は一体どうするつもりなんだ・・・?

例えどれほど嘆かわしいと思われようと、どうしようもないと呆れ果てられようと、あれは俺の曲げようもない本心。それを否定する事など、できないというのに。

彼女に受け入れて欲しいと望むなら、俺も自分を曝け出して一歩を踏み出さなければならない。そんな当たり前の事を失念していたなんて。

距離を置いていたのは、最上さんだけではない。俺自身もそうだったんだ。

「最上さん、ごめん。もっと早く君に話すべきだったね」

社さんに相談するよりも、まず君に伝えなければいけなかった。どれほど俺が君を好きで、どれほど君に想われたいと願っているのかを。

「いいえ、敦賀さん。私に話をさせてください。あなたに差し上げたいものがあるんです」

貫くように、真っ直ぐに俺を見つめる大きな瞳。向けられた眼差しに引きこまれて、ただ・・・待った。

至高の恋人がもたらしてくれる一言を、期待に張り裂けそうな胸を抱えて。

「私と別れていただけますか」
「・・・・・・え・・・?」

彼女は何を言ったのだろう。俺は何を聞き間違えたのか。

「今、何て・・・?」

耳に届いた言葉が頭の中で形を作らず、その意味を取り零した。

「あなたに自由をお返しします。これからお誕生日を迎える敦賀さんに、今の私ができる最高のプレゼントです」
「最上さん!?」
「少しでも早く伝えたかったんです。あなたのバースデーの前に。だから敦賀さん、どうか・・・」

彼女は何かを言いかけたかと思うと、口を閉じて小さく息を飲み、次にはにっこりと・・・見蕩れるほど綺麗に、にっこりと・・・笑った。

「それでは、私はこれで失礼します。電車で帰りますので、お気遣いはいりませんから」

呆然としている俺の返事を待つ事なく、最上さんはバッグを手に取り、リビングを後にした。

一体、何がどうなっている? 第三者に弱音を吐いていた俺に、愛想が尽きたのか。

・・・いや、今はそんな事を考えている場合じゃない!

慌てて立ち上がり、小さな背中を追いかけた。

「最上さん、どういう事だ!?」

唯一と決めた恋人の腕を掴み、こちらへと振り向かせる。顔を背ける彼女の両腕を、逃がさないようにしっかりと握り締めた。

別れたいと告げられても、俺は素直に従えないし、手放す事もできない。

俺と社さんの会話を聞いていたなら、この子はそれを知っているはずだ。にも係わらず、あえて別れを望むと言うのなら。そんな残酷な選択をすると言うのなら――俺は、君よりも更に非情な手段を取るしかなくなる。

「敦賀さん、離してくださいっ」
「だめだっ! 俺と別れるなんて、そんな事は許せない。俺は絶対に君を離さない!!」
「何でそんな事を言うんですかっ。酷いです!」

酷いのは君の方だろう!?

横暴だと罵られようと、醜悪だと蔑まれようと、君を失う事などできないのだと、なぜ理解してくれない?

「どうしてこんな風に引き止めて、私をいたぶるんですか! 敦賀さんの中に、少しでも私の事を想う気持ちが残っているなら、このまま黙って行かせてくださいっ」
「君を想っているから、行かせられないんだろう!」
「そんな気持ちはいりません! 迷惑ですっ」

―――迷惑・・・!

はっきりとした拒絶に、身体が・・・心が凍りついた。

決して俺を見ようとせずに、下を向いたまま、必死で掴まれた腕を振りきろうとしている少女。

俺の愛情は、この子には重すぎたのだろうか。

細い腕に痕がつきそうなほど、きつく握っていた手をゆるゆると開く。ホッとしたように力の緩んだ華奢な身体・・・その肢体を覆うように抱き締めた。

「なっ・・・敦賀さんっ、やめてください!」

俺の胸に抱かれて尚、逃げようと足掻く少女を更に強く拘束する。

「敦賀さん!」

離して欲しいと、俺の名を呼んで訴えるその声に、囲んだ腕に力を入れる事で返事をした。今、食い縛っているこの口を開き、顔の筋肉が少しでも緩んだなら、泣いてしまいそうだった。

愛しい。幸せにしたい。この子の望みなら何でも叶えてあげたい。

それなのに、そうできない自分が悔しくて。辛くて、情けなくて・・・ひたすらに哀しくて。

この腕に抱いた熱のみが現実で、耳に届く音は全て夢なのだと、そう信じてしまいたかった。

「離してください! 同情なんていらないんですっ。私なんかに構わずに、さっさと好きな人の所に行ったらいいじゃないですか・・・!」

防ごうとしても飛び込んでくる、俺を拒む声。その鋭い刃に切り刻まれて立てなくなる前に心を閉ざしてしまおうと、そう思って―――若干の違和感を覚えた。その根源となる単語を、瞬間的に頭の中で洗い出す。

「・・・同情? それに好きな人の所にって・・・何を言っている?」
「今更、惚ける気ですか? 敦賀さんはおっしゃっていたじゃないですか。社さんに、『他の子を好きになった』って!」

確かに言った覚えはある。だがその後に続く会話を聞いていれば、それが事実ではない事が分かるはずだ。

もしかしてこの子は、俺と社さんの話を中途半端に聞いて、勘違いをしたのか? 俺が他の女性を好きになったと、そう思って別れ話を持ち出した・・・?

はあぁぁあ・・・

事の次第が分かり、大きな溜め息が身体の奥底から飛び出した。

「ぬ、盗み聞きのようなマネをしたのは、申し訳ないと思っていますっ。でも、敦賀さんだって、はっきり言ってくれれば良かったじゃないですか! 社さんに相談なんてしないで、私にきちんと話してくれれば・・・っ・・・」

盛大に息を吐いた俺を、見当違いに咎める少女の語尾が僅かに掠れた。

今回の彼女の別れ話が、誤解からきている事は理解できた。そして同時に、俺が懸念していた問題について、はっきりと答えが出た事も。

この子は俺に他に好きな人ができたなら、笑って別れられる。その程度の想いしか、俺に対して抱いていない―――そういう事なんだ。

自業自得・・・だろうな。

それは俺が、過去の恋人達に平然としてきた行為なのだから。相手の幸せを考えて、身を引く事が正しいと信じきっていた。本当は別れ話を切り出した彼女達に、恋心どころか思い入れ一つなかった自分に気づきもせずに。

だから最上さんを責めるのはお門違いなのだと、そうと分かっていても沸々と湧いてくるのは怒りにも似た感情。

俺には、できないのに。君と別れるなんて―――君を失うなんて、絶対にできないのに。

それなのに、君は簡単に別れてしまえるんだね・・・?

「最上さん・・・」
「は、はいっ」

俺が発する負の気配に敏感な彼女が、怯えを含んだ声を返した。それがまた、ここぞとばかりにピリついた神経を逆撫でする。

「君は平気なの?」
「な、何がですか・・・っ」
「俺が他の子を好きになったって聞いて、はいそうですかと、すぐに諦められるんだ」

昼間に聞いた会話を元に、当日の夜には別れ話を持ち出したのだから、素晴らしく早い対応と言えるだろう。それはもう、腸が煮えくり返るほどに。

「君は俺と別れたくないと、少しでも思ってくれなかったの?」
「・・・既に心の離れた人に縋りついたところで、惨めになるだけじゃないですか」

ああ、確かに惨めに違いない。俺への想いなどたいして持ち合わせていなかった君に、どうしようもなく執着して、手放すまいと足掻いている今の俺の姿は。

「こういう話は、遅くなればなるほど切り出しにくくなりますし・・・それに、敦賀さんに素敵な誕生日を迎えて欲しかったんです」
「それで俺に君以外の、誰とも知らない女と一緒に誕生日を過ごさせようとした訳だ」

あえてぶつけた険のある言葉に、抱いたままの最上さんの肩がビクリと震える。

「どうしてそんな言い方をするんですか? 敦賀さんの未来を考えたら、私が身を引くのが当たり前じゃないですか」
「何が当たり前なんだ? 俺を誰にも渡したくないと、君はそう考えてはくれないのか!?」
「私は・・・私なんかは、敦賀さんに相応しくありませんから・・・っ」
「なぜそんな事を言うっ?」

君以外の誰が俺に相応しいと言うんだ。この世でただ一人の掛け替えのない存在だと・・・そう思っていたのは、俺だけなのか?

「私のように心が狭くて汚い人間は、敦賀さんに見放されて当然なんですっ!」

叫んだ響きが湿り気を帯びた。俺の胸に両手を付いて、捕われた檻から逃れようとする最上さんを、力の限り抱き締める。

「君が汚いだなんて、そんな訳ないだろうっ」
「敦賀さんがご存じないだけです。私は自分の事しか考えられない身勝手な性格で、今日だってお疲れの敦賀さんに構わずに夜遅くに押しかけてっ・・・でも、そうしないと私っ・・・私は・・・っ」
「・・・そうしないと・・・君は・・・?」

詰まってしまった彼女の言葉。それを繰り返す事で、続きを促す。おそらくこれは彼女の正真正銘の本音で・・・それがどんなものだとしても、俺は聞かなければならないのだと、そう直感的に悟った。

例えこれから語られる事実によって、この身にどれほどの傷を負う事になったとしても、受け止めなければならないのだと。

「そうしないと、言って、しまいそうで・・・私が諦めれば、敦賀さんが本当に好きな人と一緒になれるんだって分かっているのに・・・嫌だって、見捨てないでって縋ってしまいそうで・・・だから、そんな気持ちがこれ以上膨らむ前に、話をした方がいいとそう思ってっ」

最上さんの唇から、小刻みに押し出される想い。震えているのは、腕に捕えた彼女の身体か、光を見出そうとする俺の心か。

「私、敦賀さんに伝えるつもりだったんです。お幸せにって、大好きな人と幸せになってくださいって。でも・・・言えなかった。他の女性と幸せそうに寄り添う敦賀さんなんて見たくないって、祝福なんてできないって、そう思ってしまった! こんな醜い人間が、敦賀さんに好きになって貰える訳がないんですっ!」

涙を溶かした苦痛の声が嵐のように叩きつけられて、力の全てを奪い取られた。緩んだ俺の腕からすり抜けるように、最上さんの身体が膝から落ちる。

はたはたと床に滲む、小さな丸い染み・・・その数が増えるのを機械的に目だけが追い、それをどこか他人事のように頭の奥で意識した。

「最上さん・・・それ、本当・・・?」

ポツリと漏れた俺の一言に、視界にある背中が怯えるように一度上下する。

「本当、です・・・ほとほと愛想が尽きますよね、こんな身勝手で我儘なっ」
「身勝手なのも我儘なのも・・・俺は君に負けるつもりはないよ」

足を折り、へたり込むように座っている彼女に合わせて片膝を付いた。

「君がこんなにも自分を責めて泣いているっていうのに、俺は今、凄く嬉しいんだ。嬉しくて、幸せで仕方がない・・・!」
「・・・っ!」

顔を上げた少女の頬に残るのは、幾筋もの涙の跡。その上にある瞳は、責めの意思を持ってしっかりと俺を捉えている。

「ようやく俺を見てくれたね」

笑いかけると、最上さんの表情が固まり、次の瞬間にはくしゃりとそれが歪んだ。

「自分が愚かだっていう事はよく分かってます! でも、そんなに笑ってしまうほど可笑しいですか・・・っ」
「うん、可笑しいよ。何しろ、二人して互いの距離を測り間違えていたんだからね」
「距離って、一体何の話ですっ」

ああ、やっぱり君はこれさえも聞いていなかったんだ。もう少し、俺と社さんの話に耳を傾けてくれていれば、こんな誤解はしなくて済んだのに。

「思ったよりも、君と俺は近くにいたって事だよ」

―――お前は自分のものさしで、勝手にキョーコちゃんの愛情を測ってるだけだ。

社さんに諭された言葉が、今改めて、心の中にすんなりと染み込んでいく。俺に対する彼女の愛情が足りないのではと、なぜそんな疑いを持ったのだろう。

君はこんなにも俺を想ってくれていたのに。俺が幸せになれるようにと願って・・・それでも本当は離れたくないのだと、こうして涙を流してくれた。

相手の気持ちを思いやれずに何が何でも束縛する事を考えた俺と、どちらの愛情が重くてどちらに天秤が傾いているかなんて―――そんな計算は多分、意味がない。

ただただ・・・君が愛しい。

「敦賀さんがおっしゃっている事の、意味が分かりません・・・っ」
「うん・・・これから説明するから、だから今度はちゃんと最後まで話を聞いてくれる? その後に、俺の事を怒っていいから」
「・・・怒る・・・?」
「そう。君には俺を責める権利があるんだ」

他に好きな人ができたなどという話を、迂闊に口にした俺を。君の想いを信じきれなかった俺を。

そうして怒るだけ怒って、最後に君が笑ってくれたなら・・・その時は大切な恋人にこう伝えよう。

『俺を幸せにしてくれる女性は君だけだよ』


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