籠の中から見える空 3


なんとなく気付いていた。



最後に食事をしたあの日以降、君の姿が見えなくなったこと。
もちろん、いつも会える訳じゃないのは分かってる。ただ、どうしても考えてしまうのは君のことばかりで。そういえばどうしてるだろうと、適当な理由をつけて電話をしてみてもコール音が途切れることはなかった。
着信の履歴が残っているだろうから、折り返しの電話があるかもしれないと待ってみると、大抵連絡があるのは俺の仕事中で。丁寧にメッセージを残してくれる僅かな時間の音声だけが、俺の中で一番新しい彼女の声だった。

『すいません、着信に気付きませんでした。どうされました?』

もしくは『仕事中で』だったり、『圏外で』だったり。後者に対しては些かの疑問も持つが、いずれにせよ会うどころか直接話も出来ないのが現状だった。
こんなすれ違い、どこかの歌になかっただろうか。

そうして迎えた撮影の日。
早めに現場に入って台本を捲りはするが、形だけで意識は別の所にあった。
もうすぐ来るだろう彼女を思い、自然気分も上向く。
程なくして元気にやってきた最上さんはやっぱり可愛くて、会えない間に募った気持ちの分だけ愛しさがこみ上げる。
なのに・・・。

「・・・社さんは・・・悪くないんです」

物凄い破壊力を以て投下された言葉は、俺の計り知らない所で二人が通じていたことを意味していて、何がどうなっているのか一気に捲し立ててやろうかとした時にスタンバイの声がかかった。
噴き出しそうな黒い感情を笑顔で押しこめる。
後でゆっくり話・・・出来るかな。


―――


そっと目を開ける。

俺の想い人はベッドに腰掛け、じっと窓の外の月を眺めていた。

「紗夜・・・」

呼び掛けるが、それに応える気はないらしい。
電気も付けずに、暗い部屋の中では月明かりだけが唯一の光源。その仄かな光に照らされた彼女は、目を逸らせば消えてしまうんじゃないかと思うほどに幻想的だった。
床には綺麗にラッピングされた箱が、開封されないままにいくつも転がっている。今日もまた触れてももらえずに増えていくそれは、俺が毎日プレゼントしているもので、中身は服だったり靴だったりアクセサリーだったり・・・紗夜に似合いそうなものは手当たり次第買って来た。
それが本来の役割を果たすことはないかもしれないが。

「食事くらい摂ったらどうだ?」

テーブルの上には手つかずの食事が、運ばれてきた形のまま残されている。

「紗夜」

返事はない。
俺はコップの水を煽ると、そのまま紗夜の顎を強引に上に向かせ口移しで水を流し込んだ。
驚きに目を見開いて、か細い腕で俺の体を押すが到底何の意味もなく、諦めたようにコクリと水を嚥下する。
それを確認して、俺はようやく体を紗夜から離した。
ケホッケホッ・・・
無理矢理の水分補給は苦しかったようで、少しむせて俺を非難がましく見上げる。

「もっと欲しい?」

君の反応見たさに、わざと意地悪に聞いてしまうのは悪い癖だろう。
案の定両腕で思いっきり突き飛ばされた。もちろん態勢が崩れたわけではないが、持っていたコップから水が零れ、紗夜の髪と服を濡らしてしまう。

「あ・・・」
「髪、濡れたね。折角綺麗なんだ・・・すぐに拭くものを持ってこさせよう。服も・・・」
「いらない」

俺の言葉を遮ると、ベッド横にあるチェストの上からおもむろにハサミを掴んで顔の横へ持っていく。

ザクッ・・・ザクッ・・・
ハラリ・・・

紗夜は、肩のあたりから髪を切り落とした。

「貴方が綺麗だと・・・愛でるものなんていらない・・・」

震えながら、強い意志を瞳に宿して睨んでくる。
俺は床に落とされ、無残に散った髪を見ながら口元では笑っていた。
きっとそれは自嘲の類。

「俺が愛でるもの・・・?」

紗夜が動けないでいるのを良い事に、しっかりと怯えた顔を見据え、その頬に触れ親指で撫でる。

「それなら君は、君の柔らかな肌全てを余すところなく切り刻まないといけない」

息を飲んで、大きく見開かれた瞳にはうっすらと涙が溜まる。
泣かせたいわけじゃないのに・・・。


―――


カットの声がかかった。
今まで紗夜だった最上さんは、腰かけていたベッドにそのままふにゃりと倒れこむ。
緊張の糸が切れたんだろう。俺はその様子を眺めながら、たった今終えた撮影シーンを思い出していた。
最上さんが突然台本に無いようなことを・・・髪を切ったりするから、勘違いしてしまうんだ。
その瞳に宿す憎しみは、役ではなく俺自身に向けられているような錯覚を。
だからあの後に出てきた台詞は、紛れもなく俺の言葉だったのかもしれない。

「敦賀さん・・・」

いつの間にか起き上がった最上さんが、遠慮がちに俺を見ていた。
放っておいたらどこまでも沈んでいきそうな思考を一旦止め、力なく笑顔を作る。

「ん?」
「あの、お話したいことがあるのですが・・・」

恐らく社さんとのことだろう。
直接最上さんから切り出されるとは思わなかった。聞きたいような聞きたくないような・・・複雑な心境のまま楽屋へ向かう。
セットの外で不安そうにウロウロしている社さんはとりあえず置いていこう。

これくらいの意趣返しは可愛いもんでしょう。



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