籠の中から見える空 2


ヴヴヴヴヴ・・・・・。
テーブルに置いておいたケータイが振動し、着信を知らせる。



そのすぐ横には、お湯を注いだばかりのカップラーメンが居座っており、3分後には俺の夕食になる予定だ。
やかんをコンロに戻し、そういえばマナーモードを解除してなかったなと、手慣れた動作でゴム手袋を嵌めてケータイの液晶を見る。

「あれ・・・?」

自分のケータイでは滅多に見ることのない名前に、慌てて通話ボタンを押す。

「もしもし、キョーコちゃん?」
『あ、社さん。お疲れ様です、最上です。夜分に申し訳ありません。今、お時間よろしいでしょうか』
「うん、いいけど、どうしたの?」

礼儀正しい電話口での声に、知らず笑みがこぼれる。そんなにかしこまる程夜分ってわけでもないのに、今時の子っぽくないなぁと改めて感じる。
しかし、一体どうしたんだろう。今日のキョーコちゃんとは撮影で一緒になって、蓮に何か食べさせて欲しいとお願いしたばかりだ。
外食・・・ではないだろうな。蓮に限って家で二人きりのシチュエーションを逃すはずないし、キョーコちゃんにしても栄養価の偏ったものを食べさせるくらいなら自分で作りますと言い出すはずだ。
そうこうしていると、数秒の沈黙の後、電話の向こうからためらいがちに話を切り出された。

『あの、実は・・・敦賀さんの当分のスケジュールを教えていただきたいんです・・・』
「え、なんで!?」

キョーコちゃんからこんなお願いをされるのは久しぶりだ。
もしかして、二人の仲が進展でもしたんだろうか。「少しでも会いたくて・・・」なんて甘い言葉をキョーコちゃんに期待していたわけではないけど、それでも出てきた返答に一瞬固まった。

『・・・敦賀さんと、遭遇しないためにです』

それはつまり、会いたくないからと。
・・・。
蓮、お前何したんだ!?

「キョーコちゃん・・・蓮、何かした?今日食事の時にでも、何か不愉快な思いをさせたとか・・・」
『ち、違います!むしろ逆で・・・』
「逆?」
『はい・・・。敦賀さんとお話していると、すごく心が温かくなるんです』

ポツリと静かに話しだしたキョーコちゃんの声音に、負の感情は見当たらない。

『私なんかの話も親身に聞いてくださいますし、お側にいるとフワフワしてくるんです。居心地が良くて、ずっとこうしていられたら・・・なんて思ってしまうくらい・・・』

それは本人に聞かせてあげて欲しいと心底思った。傍から聞いていると、まるで告白のような内容だ。でも、こうして俺なんかと電話越しに話すってことは、無自覚・・・なんだろうな。それが恋の前兆だよ!と、誰か教えてくれないだろうか。
ところが、俺の浮ついた考えはすぐに正されることになる。

『でもそれじゃダメなんです』
「え・・・」
『ダメ・・・なんです・・・』

絞り出すように言った最後の言葉は誰に向けたものなのか。きっと俺じゃない。
明らかに蓮に好意を持ってくれているのに、自ら離れようとするキョーコちゃんの思うところは、俺には分からない。もしかしたら、いつか聞いた過去に由来するものなのだろうか。それとも、全く別の理由で?

「キョーコちゃん・・・蓮に会わないことが、今の君に必要なんだね?」
『・・・・・はい』

僅かな沈黙の後、変わらない決意を受け取る。

「前にも言ったけど、キョーコちゃんには特別だよ。本来なら、蓮のスケジュールなんておいそれと他人に教えられないからね」

以前は蓮に会わせるために、そして今回は会わせないためにスケジュール帳を開く。ただどちらも、キョーコちゃんは蓮にとって特別だと暗に含めて。

『ありがとうございますっ・・・!』
「じゃあメモの準備は良い?口頭じゃ覚えられない仕事量だから」
『はい・・・あの・・・社さん』
「なに?」
『敦賀さんに、ちゃんとご飯食べさせてくださいね』

思わず吹き出しかけた。まったくキョーコちゃん、どこまで気遣い屋なんだか。
まぁそれが、良い所でもあるよね。

「あはは、了解」


「おやすみ」と電話を切って、ツーツーと無機質な音が響いてようやく溜息をつく。

「はぁぁぁぁ~~~・・・さて、どうするかな」

キョーコちゃんにしばらく会えないだなんて、口が裂けても蓮には伝えられない。あいつのモチベーションに関わってくる。仕事に支障をきたすことはないにしても、それ以外の時間が怖すぎる。

「そもそも、なんで会いたくないんだろう・・・」

訳は聞けなかった。キョーコちゃんの声だけで、辛そうな表情が見えるようで。

「はぁぁぁぁ~・・・」

本日二度目の溜息をつき、手袋を取って放置されていたカップラーメンの蓋を開ける。
すっかり膨張してのび切ったラーメンは、味がよく分からなかった。


2週間後―――


今日は例のドラマの撮影の日だ。遅刻知らずの俺達は、早々にスタジオ入りし出番を待っていた。そして今日は、キョーコちゃんとの共演の日でもある。
今まで何度か違うシーンの撮影はあったものの、お互いが別撮りで一緒になることはなかった。
そうなると、ドラマ以外であまり接点のない二人が会わなくなるのは別段不自然でもない。
いつもなら俺が、キョーコちゃんのスケジュールを把握して会える確率を上げていたのだが、今回は違う。
そう・・・この現場以外でも、キョーコちゃんの姿は影も形も見なかった。

「早く入りすぎましたね」
「あぁ、前の仕事が順調だったからな。道も混んでなかったし」

チラリと横で台本の確認をしている蓮を見る。なるべく早くこの現場に来るよう最善を尽くしたこの男。絶対キョーコちゃんに会えるのが嬉しいはずだ。
キョーコちゃん・・・頼むからなるべく自然に接してくれ・・・。

「おはようございまーす!」

弾むような元気な挨拶とともにキョーコちゃんがやってきた。入口の方から順番に共演者やスタッフに挨拶をしていく。そして俺達を目に捉えると、笑顔のまま一瞬だけ固まり、すぐに持ち直して綺麗にお辞儀をしてくれた。

「おはようございます、敦賀さん、社さん」

ありがとうキョーコちゃん。さすが女優さんだ。避けてたなんて微塵も感じさせない挨拶。

「おはよう最上さん。最近会わなかったけど忙しかったの?」

ここまでは良かったんだ。

「おおおおおお疲れキョーコチャン!ず、随分久しぶりだけど、どうしてたノカナ?」
「社さん・・・?」
「社さん・・・」

カチコチになった俺を、蓮は訝しげに、キョーコちゃんは泣きそうな目で見つめる。
分かってる、俺は役者にはなれない。

「社さん・・・何か隠してませんか?」

蓮、笑顔で凄むのはやめてくれ。俺は自分の不甲斐なさが情けないんだ。
どう言い訳しようか迷っていると、キョーコちゃんが蓮の腕を引っ張り上目遣いで哀願する。

「・・・社さんは・・・悪くないんです」

正直、その表情は反則的な可愛さだったが、台詞に問題があった。
「悪くない」ということは、何かしらに関係があるということに他ならず、キョーコちゃんが庇ってくれた結果、俺は何か隠しているという肯定にもなったわけだ。
しかもキョーコちゃん絡みの。

「すいませーん!敦賀くんと京子ちゃんスタンバイお願いしまーす」

「あ・・・はーい!」

タイミングが良いのか悪いのか、撮影シーンが回ってきたことでスタッフが呼びに来る。
キョーコちゃんは俺たちにペコリと一礼してから、小走りでセットの中へ向かう。
残された俺は、蓮から刃にも似た笑顔を向けられることになる。

「後でゆっくり話しましょうね?」
「ああ・・・」


撮影が長引きますように、なんて思うのは初めてだった。



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