落とし穴 6


「ごめんキョーコちゃん!」
「はぇ!?」
「あんな闇の国の蓮さんをマネージメントする能力、俺にはないよ!」





そういって学校帰りのキョーコを拉致すること1時間前。
社はタクシーの中で切々とここ数日の蓮の様子を説明する。

「今まで何度か落ち込むことやスランプもあったけど、今回のは次元が違うっていうか。仕事は見事なくらいこなすんだよ。でも、雰囲気が・・・こう・・・絶対零度?笑顔なのに冷たい、穏やかなのに怖い・・・。キョーコちゃんなら分かってくれる!?」
「は、はぁ・・・」

ようするに、常時大魔王が降臨されてるということなのか。
もしかしなくても、この間の不手際からそんな状態にさせているんだとしたら、と申し訳ない気持ちになるキョーコだったが、それを打ち明けることも出来ずに悶々と罪悪感だけが募っていく。

「で、そんな俺を助けると思って依頼していい?この後、仕事ないよね?」
「え?え!?仕事・・・はないですけど、なんで知ってるんですか?」
「まぁそれは良いから。・・・頼まれてくれる?」
「・・・ナニヲデショウ・・・・・・」


頼まれたくなかったーーーーーー!!!


蓮の部屋のソファに座っている、今現在のキョーコ。
わざわざ社が部屋の前まで連れて来て、ピンポンダッシュの如く消えてしまったのだ、キョーコを残して。

(社さん!!私は社さんと一緒だからと思って来たのに・・・!!)

デリバリーのピザの方が余程丁寧な扱いだと。
そう振り仰いだ時には遅かった。
家主はドアを開けており、どうもこうもならない状態でとりあえず招かれるままに部屋に入ってしまった。
フワリ、とコーヒーの香りが漂い、件の人物が現れたことを知らせる。

「どうぞ」
「ありがとうございます」

(たしかに・・・次に会えたら・・・なんて思ったけど・・・いくらなんでも昨日の今日・・・)

キョーコは顔を上げられない。
沈黙で、自分の心臓がうるさいと思うのは初めてだった。

(どうしよう・・・怒ってる?図々しいと思われてるかな・・・あ、でもそれなら部屋の中まで入れてくれないわよね・・・しかもコーヒーまで)

コーヒーを手に取り飲むことで、蓮の顔を見ない理由にする。
コクリと一口。
芳醇な薫りと苦み、これはこんなにも美味しかっただろうかとカップの中の液体を見つめる。
揺れる波紋に映し出される顔は情けなく歪んでいた。

(敦賀さん・・・私がす・・・・すすす、き、・・・って気付いてない・・・のかな?)

思えば、問い詰められ拒絶された理由を自分で勝手に決め付けていたのではないか。
もしかしたら、端に礼儀知らずな後輩に喝を入れてくれただけなのだとしたら。

(ちゃんと謝れば・・・また笑ってくれる?)

ほとんど無意識に、ヘニャリと口元が笑う。
引き締めるのを忘れた顔は、傍から見れば幸せそのもので、見るものが見ればその感情の種類はすぐに弾き出せた。

「最上さん、今日はどうしたの?」

キョーコがソーサーにカップを置いたと同時に、蓮が口を開く。

「えっと・・・あの・・・」

どうしたと言われても、無理矢理連れて来られた形のキョーコには答えようがなく、ましてやしばらく会う予定もなかった蓮と対面して何を話せばいいと言うのか。
まずはこの間の謝罪と説明から、と思いもしたが、どこからどうお話するべきか。
そのままモゴモゴ口ごもってしまったキョーコを見つめて、蓮が冷やかに切り出す。

「告白でもするつもり?」
「・・・!?」

今まで蓮の顔をまともに直視出来なかったキョーコだが、この言葉には強制的に顔を上げさせられた。

「わざわざ、俺に報告に来たの?」
「な・・・ん・・・」
「それとも、演技の相談みたいに、俺で練習しようとした?」

体中の体温が一気に下がった気がした。頭の中でばかりグルグルと回る否定の言葉は、僅かにキョーコの口を動かすだけで、その意思は相手に届かない。
クスリと綺麗に微笑み、蓮は緩慢な動作でキョーコに近づき強張った頬に手を添える。

「君は本当に残酷な娘だね」

それは壮絶な色気を放つ、キョーコの苦手な男だった。

「教えてあげようか、上手くいく方法」
「っるがさ・・・んぅ!?」

柔らかい唇に噛みつくような乱暴なキス。
ソファに押し倒された形になったキョーコに抗う術はなく、蓮の体を押し返すべく出された腕は、邪魔だと頭上で一纏めにされる。どうあっても敵わない男と女の力の差。
息苦しさから僅かに開いた口から熱い舌が侵入し、キョーコの舌を追い掛けなぞる。

「んんっーーー」

ゾワリとした感覚に思わず目をギュッと瞑ると、急に蓮の動きが止まりゆっくりと唇と手首を解放する。

「・・・こうやって、相手の男にキスの一つでもしてやればいい」

ペロリと自分の唇を舐める仕草は全くの知らない人間のようで、その瞳の光彩からは感情は読みとれなかった。
ズキズキと痛むのは強く掴まれた手首か壊れた心か。
愛情のないキスが出来てしまう程、どうでもいい存在なのだと思い知らされたのに、離れていく体が、温もりが恋しいと愚かにも縋ってしまいそうになる。
真っ直ぐ見詰めていた天井が、ぼんやりと滲み輪郭をなくす。

「もう・・・ここへは来ない方がいい。妙な誤解は招きたくないだろう」

突き放した言い方だった。
蓮は俯き、ソファの下に寄り掛かってキョーコの退室を待っている。

「・・・俺の事は、君の中から抹消してくれて構わないから」

静かに、絞り出すような声。
どうしてそんなに辛そうなんですかと、言うよりも先に溢れ出る想いがあった。


今、逃げたら。
きっと、もう会えない。


「敦賀さん。あなたが好きです」


流れる涙は、両腕で隠した。



スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)